2010年10月26日
食べるラー油
本日、食べるラー油を作ってみました。
ネットでいろんなレシピを見て大体の材料と量を頭の中にインプットし材料を買ってきた。
ニンニクはフライドガーリックを買ってもいいのだが、今回は国産ニンニクと玉ねぎを低温で揚げた。あとの具材だが、ぶっかけおかずラー油などに、アーモンドと書いてあったので、アーモンドと落花生を買ってきて、ミルで細かく砕いた。
それとパプリカ、砂糖、塩などとあるが、桃ラーなどの後ろの材料を見ると粉末醤油とある。これが売ってないな~
と思っているといいことを思いついた。身近に粉末調味料があった
インスタントラーメンのスープが粉末だ!今回はとんこつラーメンがあったので、2袋使用。残っている麺は、仮面ライダースナック状態になるので、今日から寒くなってきたので、鍋料理の〆に使用すると無駄にならない。
大豆油にごま油を今回は3対1の割合で使った。
唐辛子と塩加減は控えめにして試食しながら調整をした結果、イメージしたものの8割成功!
ちょっとアーモンド落花生が多かったことと、落花生の皮まで使ったのでちょっと濁ってしまった。後は何回か作ると大丈夫かな(笑)
shunpapaからもらった、筑ラーが塩加減も強く美味しかったので、今度は鰹節粉末などを入れて食べてみよう♪
ネットでいろんなレシピを見て大体の材料と量を頭の中にインプットし材料を買ってきた。
ニンニクはフライドガーリックを買ってもいいのだが、今回は国産ニンニクと玉ねぎを低温で揚げた。あとの具材だが、ぶっかけおかずラー油などに、アーモンドと書いてあったので、アーモンドと落花生を買ってきて、ミルで細かく砕いた。
それとパプリカ、砂糖、塩などとあるが、桃ラーなどの後ろの材料を見ると粉末醤油とある。これが売ってないな~


インスタントラーメンのスープが粉末だ!今回はとんこつラーメンがあったので、2袋使用。残っている麺は、仮面ライダースナック状態になるので、今日から寒くなってきたので、鍋料理の〆に使用すると無駄にならない。
大豆油にごま油を今回は3対1の割合で使った。
唐辛子と塩加減は控えめにして試食しながら調整をした結果、イメージしたものの8割成功!
ちょっとアーモンド落花生が多かったことと、落花生の皮まで使ったのでちょっと濁ってしまった。後は何回か作ると大丈夫かな(笑)
shunpapaからもらった、筑ラーが塩加減も強く美味しかったので、今度は鰹節粉末などを入れて食べてみよう♪
2010年10月26日
キング・ケニー
若かりしころの私は、ホンダファンでホンダのバイクに乗っていた。1983年の世界グランプリ500ccはものすごい戦いが、2人のアメリカンライダーの間で戦われた。
若き天才「フレディ・スペンサー」。そして、キングケニーこと「ケニー・ロバーツ」
この2人による1年間のデッドヒートは今でも鮮烈に覚えている。
イギリス、スルバーストーンサーキットでのレース
ケニーはアメリカのダートトラックで名をはせ4サイクルVツインエンジンのハーレーダビットソンがほとんどのダートトラックで、ヤマハのマシンで戦っていた。
そしてハーレーの牙城を突き崩すべく、とんでもないマシンを作りあげた。エンジンは2サイクル水冷4気筒750ccのロードレースに使われていたとんでもないエンジン。
ダートトラックは土の上を走るため馬力よりもトルクがあるほうがコントロールしやすいそうだが、このマシンは高回転高出力のエンジンで、流石のキングケニーも手を焼いたという。
ちょっと間違えば吹っ飛ぶし、走るラインもハーレーダビッドソンとはまったく違うラインを走らなくてはいけなかった。しかしそこを何とかしてしまうのが、天才ではなく「キング」といわれるゆえんであろうか。このマシンで優勝してしまう。
後半で、デモ走行するが2009年だから58歳かな?
出てきてすぐにいきなり全開
とんでもない親父である。
アスペクタにいけなかったが友人からステッカーをもらった。

D-WATTS君、サンキュー!
若き天才「フレディ・スペンサー」。そして、キングケニーこと「ケニー・ロバーツ」
この2人による1年間のデッドヒートは今でも鮮烈に覚えている。
イギリス、スルバーストーンサーキットでのレース
ケニーはアメリカのダートトラックで名をはせ4サイクルVツインエンジンのハーレーダビットソンがほとんどのダートトラックで、ヤマハのマシンで戦っていた。
そしてハーレーの牙城を突き崩すべく、とんでもないマシンを作りあげた。エンジンは2サイクル水冷4気筒750ccのロードレースに使われていたとんでもないエンジン。
ダートトラックは土の上を走るため馬力よりもトルクがあるほうがコントロールしやすいそうだが、このマシンは高回転高出力のエンジンで、流石のキングケニーも手を焼いたという。
ちょっと間違えば吹っ飛ぶし、走るラインもハーレーダビッドソンとはまったく違うラインを走らなくてはいけなかった。しかしそこを何とかしてしまうのが、天才ではなく「キング」といわれるゆえんであろうか。このマシンで優勝してしまう。
後半で、デモ走行するが2009年だから58歳かな?
出てきてすぐにいきなり全開

とんでもない親父である。
アスペクタにいけなかったが友人からステッカーをもらった。

D-WATTS君、サンキュー!